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  日本で一番古い鉄筋コンクリート造集合住宅は、長崎県の端島という島にあります。 1916年(大正5年)にできた建物です。三菱鉱業の炭坑の職員、鉱員とその家族が住む為の集合住宅で、アパート郡が次々に建設されその島と建物の外観が軍艦のように見えるので「軍艦島」とも呼ばれています。 1974年に閉山してからは無人島となり老朽化が進む一方、島全体が近代建築の初期集合住宅の遺構として建築学的に貴重とされ、世界遺産に登録との声もあります。現在では倒壊の危険もあるとのことで島全体が立入れないことになっています。
 

    建物の柱という言葉は端を語源として、こちらからあちらに橋渡しをする、「地から天に渡す はし」 を意味するとの説があるそうです。
日本では仏教伝来以来多くの仏塔が建てられて、現存する塔で最も高い塔は東大寺五重塔で高さ54.8mですが、かつてはもっと大きな七重塔、八重塔も建てられていて、奈良時代の東大寺東西両塔は記録によると99m余りといわれています。
なぜ高さを求めたか?
仏法で国を治める、国を守る、国の平和を求めるという理念や、権力を示す象徴としての政治的な意味合いがあったと思われます。地から天に渡る勢いを示すということでしょうか。
この高さを実現する為、構造的に重要な役割を果たすのは勿論「柱」です。しかし中世とはいっても、この高さを貫く太さと長さを持つ巨大樹木はありませんので、木材を継ぐことや、木材を寄せて作ることが考えられたようです。
一つの事例として、最も興味深いのは古代出雲大社です。現存の出雲大社の高さは24mですが、鎌倉時代後期の大社の高さは48m、社殿までの階段の長さは109mあったとの図面が残っています。図面上の柱の直径は3mとされており、誰もがありえない、非現実的と思っていました。しかし、境内の発掘調査現場から驚くべき巨大な柱が発掘されたのです。直系1.3mの杉材を3本金輪で束ね、隙間を木材で埋木して加工された直径3.6mもの柱です。正に現在の集成材の考え方で、柱の長さも中間部分で継ぎ合わせて40mも在ったと考えられていますから、48mの出雲大社は現存したことになります。この柱の構造だと理論的にはもっと高い建築が可能になりますし、実際に出雲大社の社殿では100mの古代大社があったといわれているそうです。

     

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